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リチウムイオン電池の負極材料:金属リチウムの代わりを見つけよう

更新 2024-2-25

リチウムイオン電池の負極材料

原油、天然ガス、石炭などの化石燃料は優れたエネルギー効率を示しますが、言うまでもなく有限であり、排出される二酸化炭素による環境悪化への懸念もあります.このままでは化石燃料は100年もつことなく尽きてしまうので、新しいクリーンエネルギー源、エネルギー変換方法、エネルギー貯蔵技術の研究が盛んに行われています.

二次電池は、使い切りである一次電池とは異なり、充電可能な電池です.二次電池の発展は著しく、軽量、長寿命かつサイクル性、エネルギー密度、充電速度に優れた電池が開発されています.

一昔前のニッケルカドミウム電池ニッケル水素電池に比べ、リチウムイオン電池は優れた特性を示し、瞬く間に市場を塗り替えました.しかし、電気自動車のような先端技術に用いるにはまだ発展の余地があり、性能向上に向けた研究が世界中で進められています.

リチウムイオン電池は、2つの電極(正極と負極)の間で電解液を通じて \rm{Li}イオンが移動することにより作動します.充電の際に \rm{Li}イオン電池は負極に蓄えられ、放電の際に \rm{Li}イオンが負極から正極に移動することで電力を放出します.

負極材料は二次電池にとって重要な要素であり、電池全体の性能に大きな影響を与えます.長らく黒鉛をはじめとした炭素材料が負極材料の基本でしたが、新しいメカニズムに基づいた材料開発も盛んです.新しい負極材料の開発では、これらの容量低下要因を抑制し、安全性・安定性・サイクル特性に優れた材料を選定する必要があります.

今回は、リチウムイオン電池の負極材料について見ていきます.

負極材料としての黒鉛

黒鉛は層状構造を持ち、充電の際に \rm{Li}イオンを効率よく蓄えることができるため、市場にあるリチウムイオン電池のほとんどで負極材料として使用されます. \rm{Li}イオンは、黒鉛中の炭素層の間の隙間に蓄えられます.このような反応はインターカレーション反応と呼ばれ、電極に大きな構造変化を起こすことなく脱挿入が可能です.そのため、充放電中の負極材料の体積変化を低く抑えることができます.

負極材料として優れた特徴を持つ黒鉛ですが、どのようにして発見されたのでしょう.

リチウム電池の問題点

リチウム( \rm{Li})は標準電極電位が全元素中で最も負に大きく、3860 mA h/g と非常に大きな容量密度を持つため、 \rm{Li}を負極に用いることで高い電圧の電池が可能になります.

負極に \rm{Li}を用いた \rm{Li\text{-}MnO_2} \rm{Li}\text{-}(CH)_nなどの一次電池は昔から知られていたため、 \rm{Li}を用いた二次電池の開発が行われたのは自然な流れでした.

しかし、 \rm{Li}を負極に使用すると電池の充電において \rm{Li}針状に析出(デンドライトの形成)し、電極を突き破って電池の短絡が起こることが分かりました.電池の内部短絡は発火の原因になるため大変危険です.

この問題を解決するため、 \rm{Li}金属そのものではなく \rm{Li}を吸蔵する物質が負極として検討され、最終的に炭素材料が選ばれました.

炭素系負極材料の発見

炭素材料である黒鉛(グラファイト)への \rm{Li}挿入の研究は20世紀半ばに行われ、 \rm{LiC_6}が形成されることが明らかになっていました.黒鉛はハニカム(蜂の巣)状に \rm{C}が並んだ層が積み重なった構造を持っており、この層間に \rm{Li}が挿入されます.

 \rm{Li}を貯めこむ負極材料の発見により、新しいコンセプトに基づいた電池の開発が可能になりました.

Michel Armandらは正極と負極ともに \rm{Li}を溜めこむことのできる材料を使った二次電池を実証しました.この電池では、充放電の際に \rm{Li}が電極から電極へすべて移動するため、電解液に \rm{Li}が残りません.このような電池は、ロッキングチェアー型電池と呼ばれます.

ロッキングチェアーとは脚が弧状になっていて座るとゆらゆら揺れる椅子(おばあちゃんが編み物とかしてそうな椅子)のことであり、電極の間を \rm{Li}イオンが往復する様子を例えています.

その後、電気化学的なインターカレーション反応が確立され、相性の良い電解質材料の開発を経て、黒鉛の負極材料としての適性が認められました.ちょうどその頃、優れた正極材料である \rm{LiCoO_2}が発見されました.こうした基礎研究が積み重なり、リチウムイオン電池はついに世に出るときがやってきました.

西美緒氏が主導するソニーと、吉野彰氏が主導する旭化成の各企業によってリチウムイオン電池が開発され、負極に炭素、正極に \rm{LiCoO_2}を用いた二次電池が実用化されました.

この際、「リチウムイオン電池」という非常に広い意味を含む名前がつけられたため、 \rm{Li}イオンが正極と負極を行き来する電池すべてがリチウムイオン電池と呼ばれることになりました.このため、正極や負極材料が変わっても同じ名前で呼ばれます.

新しい負極材料

黒鉛の容量密度は372 mA h/g と大きな値を示しますが、高性能な電池の開発に向けてより大きな容量を持つ負極材料の開発が進んでいます.以下では、負極材料の候補となる材料を紹介します.

合金系材料

黒鉛に代わる負極材料として合金( \rm{Al} \rm{Sn} \rm{Mg} \rm{Ag} \rm{Sb}およびその合金)が注目されています.これらの合金からなる負極は容量が黒鉛よりも2〜10倍高いことが知られています.また、合金系負極材料は加工が容易であることもメリットです.

しかし、合金系負極材料はリチウムイオンの脱挿入過程で体積が大きく変化してしまい、不可逆的に容量が大幅に減少するという問題が生じます.これは、 \rm{Li}がインターカレーションではなく合金と化合物を形成するからこそ起こる現象です.

合金系の中でも、特に \rm{Si}は優れた負極材料であるとみなされています. \rm{Si}は全元素中で最も大きな容量を持ち、地球上に豊富かつ非常に安価に入手が可能です.

 \rm{Si}負極は \rm{Li}と合金を形成し、 \rm{Li_{4.4}Si}の組成まで \rm{Li}を吸蔵することで4200 mA h/g という巨大な容量密度を示します.

しかし、 \rm{Li}イオンの脱挿入時の大きな体積変化は無視できない問題点です.約400倍近い体積膨張を示すため、電極の破損や電池の短絡など様々な問題が発生します.電極を安定に作動させるために、炭素材料に \rm{Si}を混合した材料が検討されており、サイクル特性や体積膨張を許容範囲に収めることに成功しています.

遷移金属酸化物

遷移金属酸化物は、負極材料の有力候補として注目されています.毒性が低く、高い出力密度と理論容量を兼ね備え、地球上に豊富に存在し、低コストであることがその理由です.

実用化された酸化物負極材料として \rm{Li_4Ti_5O_{12}}があります. \rm{Li_4Ti_5O_{12}}は電池の重量あたりのエネルギー密度が低いものの、体積あたりのエネルギー密度は高く、過充電や過放電に耐性のある安全・高寿命な電池として機能します.

酸化鉄( \rm{Fe_3O_4})は、高い理論容量(~926 mA h/g)を持つ安価な材料です.しかし、サイクル安定性が低く、電子伝導性が低いことが欠点です.構造安定性と伝導性の問題を緩和するため、 \rm{Fe_3O_4}を黒鉛で覆った材料が開発されています.

遷移金属シュウ酸塩( \rm{ZnC_2O_4} \rm{CoC_2O_4} \rm{MnC_2O_4} \rm{NiC_2O_4} \rm{FeC_2O_4}など)は優れた電気化学特性を示しますが、 \rm{Li}イオンの脱挿入時の大きな体積膨張が課題です.

二元系スピネル酸化物は高い理論容量と優れたサイクル安定性により、負極材料として魅力的です.中でも \rm{ZnC_2O_4}は環境にやさしく、低コストで、使用電圧が大幅に低いなどの利点を備えています.

現在までに、ナノフレーク、ナノワイヤー、ナノ粒子、ナノフラワーなど、様々な形態の \rm{ZnC_2O_4}ナノ材料を負極として用いた電池の研究が行われています.しかし、Li脱挿入時の体積変化が大きいため、レート性能が低くなります.

 \rm{TiNbO_7}はスピネル酸化物( \rm{Li_4Ti_5O_{12}})とニオブ酸化物( \rm{Nb_2O_5})を組み合わせた新しい構造により、優れた構造安定性と高い作動電位、著しく高い理論容量を持ちます.しかし、電子伝導性が低く、イオン拡散性も弱いため、レート性能が低いという問題があります.

炭素系材料

炭素は、資源として豊富で安価であり、優れた電気伝導性、 \rm{Li}イオン挿入に適した構造を持つことから商用リチウムイオン電池の負極に使用されています.

グラファイト以外にも様々な形態の炭素が使用されており、カーボンナノチューブ、カーボンブラック、グラフェン、酸化グラフェンなどが用いられます.炭素系材料には、結晶性が高い黒鉛質炭素(GC、ソフトカーボン)と非晶質の非黒鉛質炭素(NGC、ハードカーボン)の2種類があります.炭素材料負極のLi脱挿入反応は次の式で表されます.

   \rm{Li^+ + e^- + nC  → LiC_n}

ここで、nは6〜12の値を持ちますが、炭素材料の種類によって \rm{Li}の脱挿入の反応性は様々です.コークスやハードカーボンはサイクルの安定性に優れ、黒鉛電極は高いエネルギー密度と優れた容量を示すことが確認されています.

まとめ

 \rm{Li}を用いた電池の開発では、従来、 \rm{Li}金属そのものを負極に使用していましたが安定性に懸念がありました. \rm{Li}を溜め込むことが可能な炭素材料の発展によってリチウムイオン電池の安全性は大きく高まり、商品化までたどり着きました.電力への需要が高まるにつれて新しい負極材料の開発が進み、炭素材料以外も注目されるようになります.

今まで見てきたとおり、炭素材料自体は理論容量の観点からは圧倒的なわけではありません.炭素材料はインターカレーション反応により \rm{Li}イオンを挿入可能なため.体積変化を起こすことなく安定に充放電を起こすことが可能です.理論容量が優れた材料はいくらでもありますが、体積膨張の観点から実用化が難しいものばかりです.

炭素材料とインターカレーションを活用しながら、より多くの \rm{Li}イオンを挿入可能な物質、果たしてそのような物質はあるのでしょうか.MOFなんかは構造がスカスカなので容量密度と体積膨張の観点からは良さそうですがどうでしょう.そんな研究もあるようです.

参考文献

Applied Surface Science Advances, 2022, 9: 100233.

Materials, 2020, 13.8: 1884.

日本エネルギー学会機関誌えねるみくす 2018 年 97 巻 4 号 p. 335-343

ACS Applied Energy Materials, 2020, 3.11: 10776-10786.